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東京家庭裁判所 昭和44年(家)13110号 審判

申立人 阿部ヒロ子(仮名) 外一名

相手方 阿部すみ江(仮名)

参加人 阿部みつ子(仮名) 外一名

主文

一  被相続人亡阿部幸男が有した祭祀財産の権利の承継者を申立人阿部ヒロ子と定める。

二  相手方は、申立人阿部ヒロ子に対し、東京都○○市○○△丁目○○番地の○所在東京都○○墓地○○区○○側○○番○○平方米およびその使用許可証を引き渡せ。

三  相手方は、申立人阿部ヒロ子に対し、右墓地使用権の名義書替手続をせよ。

理由

一  申立人らは、主文第一項と同旨の調停を求め、その事由として述べる要旨は、

1  申立人阿部ヒロ子は、昭和四三年三月一九日死亡した被相続人亡阿部幸男および昭和三四年九月五日死亡した同人の妻亡阿部ふさの養子であり、申立人阿部政一は、右申立人阿部ヒロ子と昭和三三年一一月一九日妻の氏を称する婚姻をした、同申立人の夫である。

2  相手方阿部すみ江は、昭和三九年九月一一日前記亡阿部幸男と婚姻した、その後妻である。

3  前記亡阿部幸男が所有した祭祀財産としては、同人の先妻亡阿部ふさが昭和三四年九月五日に死亡した後同女の遺骨を理葬するため、亡阿部幸男が申立人両名とともに昭和三五年一二月頃同人名義で購入した東京都○○市○○△丁目○○番地の○所在東京都○○墓地○○区○○側○○番○○平方米の使用権および同地に建設した墓石があるのみである。

4  被相続人亡阿部幸男は、もと○○光学株式会社の社員であつたが、同会社を停年で退職した後、カメラのレンズ加工を営む合資会社○○○を設立し、死亡するまでその代表社員(無限責任社員)の地位にあり、申立人阿部政一は申立人阿部ヒロ子と婚姻後、右合資会社に入社し、経理事務を担当し、右阿部幸男の片腕となつて働き、申立人ら夫婦は、右阿部幸男、阿部ふさ夫婦と肩書住居において同居し、阿部ふさ死亡後も引続き、同所において阿部幸男と同居していた。

5  被相続人亡阿部幸男は、その妻亡阿部ふさ存命中である昭和二八年頃から、相手方阿部すみ江(旧姓田代)と婚姻外関係を生じ、亡阿部ふさ死亡後は、前記の如く申立人ら夫婦と肩書住居において同居はしていたが、次第に公然と相手方阿部すみ江の肩書住居に出入するようになり、昭和三九年九月一一日に正式に相手方阿部すみ江と婚姻し、昭和四二年五月一五日頃からは、申立人ら夫婦の許を去つて、相手方阿部すみ江の住居において同女と同棲するようになつた。

6  被相続人亡阿部幸男は、昭和四二年一〇月頃糖尿病で入院治療を受けた後一たん退院したが、再び昭和四三年二月七日○○病院に入院し、腎臓癌で同年三月一九日死亡し、遺体は相手方阿部すみ江が引き取つた。

7  被相続人の葬儀は、社葬でとり行うことになり、同業者鈴木某の説得があつて、相手方は遺体を申立人らに引渡したので、申立人阿部政一が喪主となり同年三月二一日に申立人らの住居において社葬として葬儀をとり行つた。

8  相手方阿部すみ江は、同年三月二二日申立人らに対し被相続人の遺骨を初七日まで自己の許に置かせてほしいと申し入れたので、申立人らはこれに応じ、相手方阿部すみ江に遺骨を渡したのであるが、その後申立人らは初七日を行なうため、相手方阿部すみ江に対し遺骨の返還を求めたところ、同相手方は位牌のみ渡し、遺骨の引渡を拒むので、やむなく、申立人らは位牌で初七日を行つた。

9  申立人らは、その後三五日忌および四九日忌の際、相手方阿部すみ江に対し、遺骨を前記墳墓に納骨するよう申し入れたのであるが、同相手方は、その都度別に墳墓を入手して、納骨すると称し、申立人らの申し入れを拒否していたのに、突然昭和四四年三月一五日に至つて、申立人らに書面で同月一九日に前記墳墓に納骨する旨通告してきたので、申立人らは右日時は都合が悪いから、しばらく納骨を待つてほしいと申し入れたにもかかわらず、同相手方は、申立人らの右申し入れを無視して右日時に納骨を了した。

10  申立人らが、その後調査したところ、既に相手方阿部すみ江は、申立人らに何の相談もなく、昭和四三年九月頃東京都○○霊園事務所に対し、前記墓地の使用許可名義を同相手方に書き替えることを申請し、同年一〇月五日に右許可名義の書替を了していることが判明した。

11  被相続人は、遺産の処理につき自筆遺言証書を作成しているようである(申立人らは、この証書の筆跡は被相続人本人の自筆でなく、この証書による遺言は無効であると考えている。)が、右遺言証書にも祭祀主宰者の指定はなく、被相続人は生前にその他の方法によつて祭祀主宰者の指定を行つたこともない。

12  前述の如く、祭祀主宰者の指定はないので、祭祀主宰者は慣習によつて定まることになるが、東京における慣習からすれば、被相続人の唯一人の養子である相手方阿部ヒロ子(戸籍上は、参加人阿部みつ子および同阿部三男も、被相続人の養子として記載されているが、参加人阿部みつ子は相手方阿部すみ江の実子であり、参加人阿部三男は被相続人の甥であり、いずれも被相続人の死亡直前に養子縁組届出がなされており、果して被相続人の意思に基づくものか否か疑問があり、右養子縁組の効力には疑いがある。)が祭祀主宰者となるべきであるのに、相手方阿部すみ江は、これを無視し、勝手に前述の如く、墓地の使用許可名義を書き替えたのである。

13  仮に慣習が明らかでないとしても、もともと本件墳墓は、被相続人の先妻亡阿部ふさの遺骨を埋葬するため、亡阿部ふさの遺産である現金と、被相続人および申立人らが共同で支出した金員とを以て、入手したものであり、墓地の使用許可は被相続人名義でえたが、その後は事実上申立人らがこれを管理し、申立人らは、毎年命日、春の彼岸等にも墓参し、また毎年墓地の使用料や掃除料を負担支出し、墓地使用許可証も保管してきたのであり、被相続人は相手方阿部すみ江と婚姻してからは、全然墓参もせず、ただ相手方阿部すみ江と同居するに当り、右墓地使用許可証を携行していつたものであり、これらの点を考慮すれば、祭祀財産の権利の承継者としては、相手方阿部すみ江よりも申立人阿部ヒロ子の方が適当であると思料する。

14  申立人阿部ヒロ子としては、養母亡阿部ふさの遺骨が埋葬されている墳墓を、養父の妾的存在である相手方阿部すみ江に管理させることには、とうてい耐えられない。よつて本件申立に及んだというにある。

二  当裁判所昭和四三年(家イ)第五一五号親族間の紛争調整事件記録中の家庭裁判所調査官永井百合子作成の調査報告書、本件記録添付の各戸籍謄本、検認済遺言書の写し、本件における家庭裁判所調査官持丸匡作成の調査報告書、証人井上金治同柴イソに対する各尋問の結果並びに申立人両名、相手方および参加人両名に対する各審問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

1  被相続人亡阿部幸男は、昭和四三年三月一九日死亡したのであるが、同人は祭祀財産として、東京都○○市○○丁目○○番地の○所在東京都○○墓地○○区○○側○○番○○平方米の使用権および同地に建設した墓石の所有権並びに申立人ら住居に存する仏壇(被相続人の先妻亡阿部ふさの位牌を含む)の所有権を有していたこと。

2  申立人阿部ヒロ子は大正一三年八月二七日沢正二、同ミネ間の長女として出生した者であるが、被相続人亡阿部幸男およびその先妻で申立人の父沢正二の姉である亡阿部ふさの間に、実子がなかつたことから、出生直後から右阿部幸男夫婦に引取られて監護養育され、昭和六年三月三一日適式に右夫婦と養子縁組をした旨の届出を了して、右夫婦の養子となり、申立人阿部政一は、右申立人阿部ヒロ子と昭和三三年一一月一九日妻の氏を称する婚姻をしたその夫であり、申立人ら夫婦は、婚姻後、肩書住居において、前記阿部幸男夫婦と同居していたこと。

3  被相続人亡阿部幸男は、○○光学株式会社を停年で退職した後、同会社の下請としてカメラのレンズ加工を営む合資会社○○を設立し、その代表社員(無限責任社員)となつたのであるが、申立人阿部政一は申立人阿部ヒロ子と婚姻後従前の勤務先を退職し、右合資会社に入社して経理事務を担当し、右阿部幸男の片腕となつて働き、右阿部幸男も前記会社の経営を事実上申立人阿部政一に任せるようになつたこと。

4  被相続人亡阿部幸男の先妻であり、申立人阿部ヒロ子の養母である阿部ふさは、昭和三四年九月五日に乳癌で死亡したが、その後も申立人ら夫婦は、肩書住居において被相続人と円満に同居していたこと。

5  被相続人亡阿部幸男は、右阿部ふさの遺骨を理葬するため、申立人ら夫婦と協議のうえ、昭和三五年五月頃東京都に対し金六三、六一二円(右阿部ふさの遺産である現金二四万円および生命保険金一五万円のうちから支出)を支払つて、前記墓地の使用権を取得し、右墓地に金五〇八、二〇〇円(前記遺産および生命保険金の残金を充て、不足分は自ら負担支出した。申立人阿部ヒロ子は、審問の際不足分は申立人らが負担支出したと供述しているが、当時被相続人と申立人らは同居し、同一世帯として家計を共通にしていたので、結局は被相続人が負担したことになるものと解される。)を支出して墓石を建設し、同年一二月一八日頃右墓地に前記阿部ふさの遺骨を埋葬したこと。

6  被相続人亡阿部幸男は、前記阿部ふさが病身であつたことから、以前にも数人の女性と婚姻外関係があつたようであるが、昭和二八年頃から相手方阿部すみ江(旧姓田代すみ江)と婚姻外関係を生じ、右阿部ふさ存命中は申立人らにこのことを秘していたものの、右阿部ふさ死亡後は次第に公然と一週間に一度相手方阿部すみ江の肩書住居に外泊するようになり、申立人らにも相手方阿部すみ江と正式に婚姻する旨言明し、昭和三九年九月一一日に適式に相手方阿部すみ江との婚姻届出を了したので、申立人阿部ヒロ子は、相手方阿部すみ江が自己と同年輩であり、被相続人が養母生存中から婚姻外関係にあつた女性であるところから、右婚姻を不快に思い、被相続人に対し、相手方阿部すみ江と婚姻するのなら、申立人ら夫婦と別居してほしいと云つたことから、被相続人は、感情を害し、次第に被相続人と申立人ら夫婦との間の折り合いは悪くなつたこと。

7  申立人阿部政一は、被相続人亡阿部幸男が昭和三八年二月頃相手方阿部すみ江の甥北原春夫を前記○○に入社させたり、また、相手方阿部すみ江と婚姻後、自己の親族および相手方阿部すみ江とともに、何かと前記○○の業務に口を入れるようになつたので、このままでは、前記○○から追い出されることになるのではないかと不安を感じ、被相続人亡阿部幸男に無断で前記○○の定款を変更し、自己、自己の親族および申立人阿部ヒロ子等を有限責任社員としたので、被相続人亡阿部幸男も、申立人阿部政一が前記○○を乗つ取る積りではないかと疑惑をもち、昭和四二年五月一五日頃申立人阿部ヒロ子が自己の世話をしないと不満をもらして、相手方阿部すみ江の肩書住居に転居したうえ、同年六月頃自己の甥である参加人阿部三男を前記○○に入社させるに至り、双方とも互いに他の言動に対し疑心暗鬼するようになり、申立人ら夫婦と右阿部幸男ら夫婦との間はますます険悪化したこと。

8  申立人阿部政一は、昭和四三年二月五日東京家庭裁判所に対し被相続人亡阿部幸男および阿部すみ江を相手方として「申立人ら夫婦と同人ら夫婦との間の親族間紛争を調整されたい」旨の調停申立をなしたのであるが、これより先被相続人亡阿部幸男は、昭和四二年一〇月頃糖尿病で○○病院に入院し、精密検査の結果糖尿病のほか腎臓癌であることが判明し、一たん退院し、相手方阿部すみ江の肩書居宅において静養していたものの、再び容態が悪くなり、昭和四三年二月五日右病院に再入院し、相手方阿部すみ江が病床に附添い専ら看病に当つたため、右事件の調停を行なうことができないでいる間に被相続人亡阿部幸男は、同年三月七日腎臓癌の手術を受け、手術は成功したものの、同年三月一九日心臓へ癌が転移して死亡したので、申立人阿部政一は同年五月一七日右事件の調停申立を取り下げたこと。

9  被相続人亡阿部幸男は、生前前記病院に入院中である昭和四三年二月一三日に甥である参加人阿部三男と、また同年三月六日相手方の実子参加人阿部みつ子(相手方の先夫亡田代好松との間の長女)と、それぞれ適式に養子縁組届出をなし、また前記病院に入院前の同年二月四日に自筆遺言証書を作成し、これを相手方阿部すみ江に託しており、相手方阿部すみ江は被相続人の死亡後東京家庭裁判所に対し右遺言書の検認を申し立て、右遺言書は同年四月二二日、同裁判所によつて検認されたのであるが、申立人阿部ヒロ子は、右各養子縁組は被相続人の意思に基づかず、また右遺言書は被相続人の自筆によるものでなく、それぞれ無効であると主張していること。

10  被相続人死亡後、その遺体は、一たん相手方阿部すみ江が、肩書住所に引取つたが、被相続人の葬儀が社葬でとり行われることになり、同業者鈴木某の仲介により、相手方は遺体を申立人らに引渡したので、申立人阿部政一が喪主となり、同年三月二一日に、申立人らの肩書住居において、被相続人の葬儀は社葬としてとり行われたこと。

11  葬儀終了後、被相続人の遺骨は、申立人らから相手方阿部すみ江に引渡され、相手方阿部すみ江は同年九月頃申立人阿部ヒロ子に無断でかねて被相続人から保管を委任されていた前記墓地の使用許可証の名義書替を東京都○○霊園事務所に申請し、同年一〇月五日に相手方阿部すみ江名義に許可名義の書替を了し、昭和四四年三月一五日に、被相続人の遺骨を前記墓地に埋葬したこと。

12  申立人阿部政一は、被相続人死亡後、前記○○の代表社員(無限責任社員)となり、同年一〇月二日に相手方の甥北原春夫を、同年一〇月中旬頃参加人阿部三男を、それぞれ上司の指示に従わないと解雇したので、相手方阿部すみ江は、これを不満とし、東京地方裁判所に対し、「申立人阿部政一の代表者としての業務の執行停止を求める」旨の仮処分の申請をし、現に右事件はなお係争中であること。

13  申立人らは、これに対し、昭和四四年三月二六日東京家庭裁判所に対し、本件調停の申立をなし、本件の調停は、当裁判所調停委員会において、昭和四四年四月九日以降同年一二月一〇日までの間前後七回の調停期日に行われたのであるが、申立人阿部ヒロ子も相手方阿部すみ江も、それぞれ、自己が祭祀財産の権利承継者として適当であると主張して譲らず、当裁判所調停委員会は、本件の解決のため被相続人の遺骨を分骨することを提案したところ、いずれも分骨については異議がないものの、本件墓地の使用権を自ら取得したうえで、他に被相続人の遺骨を分骨すると主張し、合意が成立する見込がなく、本件の調停は昭和四四年一二月一〇日に不成立に帰し、同日調停は審判手続に移行したこと。

14  本件当事者のうち、申立人阿部政一は、祭祀財産の権利の承継者となる意思はなく、妻である申立人阿部ヒロ子を祭祀財産の権利の承継者として指定するのが適当であるとの意向を示しており、これに対し参加人両名も祭祀財産の権利の承継者となる意思はなく、相手方阿部すみ江を祭祀財産の権利の承継者として指定するのが適当であるとの意向を表明していること。

三  ところで、相手方阿部すみ江は、被相続人は生前に同相手方を祭祀主宰者に指定しており、したがつて同相手方は祭祀主宰者として本件祭祀財産の権利を承継しているものであつて、本件祭祀財産の権利承継者指定の審判を要しないと主張しているので、この点について判断する。

本件記録添付の検認済の遺言書の写しによれば、被相続人は昭和四三年二月四日付の自筆遺言証書を作成しているが、この遺言では相手方阿部すみ江を祭祀主宰者に指定していないことが認められ、またその他の証拠によつても、被相続人が同相手方に前記墓地の使用許可証の保管方を委託していたことは認められても、生前に同相手方を祭祀主宰者に指定したことを認めることはできない。もつとも、相手方阿部すみ江および参加人阿部三男は、審問の際それぞれ相手方阿部すみ江の右主張に副うが如き供述をしているが、この供述はたやすく措信しがたい、そうだとすれば、この点についての相手方阿部すみ江の主張を採用することはできない。

四  次に、申立人らは、被相続人が居住していた東京における一般的な慣習では、子が祭祀主宰者となるのであつて、したがつて被相続人の唯一の子である申立人阿部ヒロ子が祭祀主宰者として本件祭祀財産の権利を承継すべきであると主張しているが、かかる一般的な慣習があることを認めるに足る証拠はなく、この点の申立人らの主張も採用することができない。

五  そこで、当裁判所は、本件各当事者の被相続人との血縁関係、親族関係、共同生活関係、祭祀承継の意思および能力、職業、生活状況その他前記認定事実から窺われるその他一切の事情を考慮して、各当事者中最も祭祀財産の権利承継者として適当である者を指定すべきであるが、本件においてとくに留意すべきは、前記認定事実から明らかなように、本件の祭祀財産の権利承継者指定の紛争の背後には被相続人の生前からの前記○○の経営をめぐる紛争およびこれに引き続く被相続人死亡後の遺産をめぐる紛争が存し、これらの紛争をいかにして解決すべきかということも事実上考慮する必要のあることである。

前記認定事実によれば、参加人両名は、被相続人の死亡の直前に被相続人の養子となつたものであり、しかもその養子縁組の効力が申立人らによつて争われているものであり、この点から祭祀財産の権利の承継者としては適当でなく、また申立人阿部政一は、被相続人から事実上○○の経営を委ねられており、祭祀財産の権利の承継の能力を有しているが、同申立人は自らこれを承継する意思がないことを表明しているので、この点から、祭祀財産の権利の承継者として適当でなく、結局のところ、被相続人の養子である申立人阿部ヒロ子と妻である相手方阿部すみ江のいずれが祭祀財産の権利の承継者としてより適当であるかということになる。

前記認定事実によれば、被相続人は、相手方阿部すみ江と婚姻する旨表明してから、申立人ら夫婦との仲が悪化し、ついにそれまでの申立人ら夫婦との同居先を立ち去り、相手方阿部すみ江の許に赴いて、同女と同居するに至つたのであつて、それ以後被相続人はとくに申立人阿部ヒロ子に対し悪感情を抱き、病状が悪化し、病院に入院してから死亡するまで、相手方阿部すみ江が附添い、専ら看病に当つたのであり、被相続人が生前この時期に祭祀主宰者を指定したとすれば、恐らく相手方阿部すみ江を指定したであろうと推測され、生前のこの時期の被相続人との同居生活の事実、被相続人との親和関係等のみに着目すれば、相手方阿部すみ江を祭祀財産の権利の承継者として指定するのが適当であると一応思料される。

しかしながら、かく被相続人が申立人阿部ヒロ子に対し悪感情を抱くに至つたのは、被相続人が相手方阿部すみ江と婚姻する旨表明した後、申立人阿部ヒロ子が、同相手方が自己と同年輩で、養母亡阿部ふさの生前から被相続人と婚外関係にあつた女性であることから、不快の念を抱き、被相続人が相手方阿部すみ江と婚姻するならば、申立人ら夫婦と別居してほしいと云つたことに端を発し、前記○○の経営をめぐつて申立人ら夫婦と被相続人との間に互いに他の言動に対し疑心暗鬼が生じたことによることは、前記認定のとおりであり、それまでは、被相続人は申立人阿部ヒロ子を幼少の時から実子同様に養育し、同申立人が成人し、申立人阿部政一と婚姻してからも、円満に申立人らとの同居生活を続けていたものであり、被相続人としても、相手方阿部すみ江との婚姻後の申立人ら夫婦との紛争がなければ、申立人阿部ヒロ子に対しかく悪感情を抱くこともなく、妻として相手方阿部すみ江に対すると同様に、子として申立人阿部ヒロ子に対しても愛情を抱いていたものと思われる。申立人ら夫婦と、被相続人ら夫婦とは、互いに他の言動に疑心暗鬼した結果、ますます両者の関係は悪化し、紛争が激化したものであり、もし被相続人の病状が悪化することなく、両者の親族関係の調整が計られたならば、自ら前記会社の経営の後継者は申立人阿部政一と申立人阿部ヒロ子とし、その代わりに申立人ら夫婦が被相続人ら夫婦の将来の生活を保障することに落着したものと思われる。かく考えるならば、被相続人がその死期前の申立人らとの紛争、これに続く病気の悪化による異常な状態の下においてでなく冷静に合理的な判断ができる状態であつたならば実子同様に長年養育した申立人阿部ヒロ子を指定することも十分想定しうるのである。

そうだとすれば、被相続人との血縁関係、親族関係、共同生活関係、祭祀承継の意思および能力、被相続人との親和関係等においては、申立人阿部ヒロ子と相手方阿部すみ江との間に差等はないというべきであり、ただ、本件墳墓がもともと被相続人の先妻亡阿部ふさの遺骨を埋葬し、かつ、今後の被相続人や申立人ら夫婦を含む家族の墳墓として取得された点、取得された後も被相続人が死亡するまで長く被相続人に代わつて事実上申立人阿部ヒロ子がこの墳墓を管理して来た点を考慮に入れると、申立人阿部ヒロ子の方が、相手方阿部すみ江に比しより適当であるといいうるであろう。

かような訳で当裁判所は、本件墓地の使用権、本件墓地に建設されている墓石の所有権並びに申立人らの住居に存する仏壇(位牌を含む)の所有権等被相続人亡阿部幸男が有した祭祀財産の権利の承継者としては申立人阿部ヒロ子を指定するものとし、この指定に伴い、家事審判規則第一〇三条、第五八条により相手方は申立人阿部ヒロ子に対し本件墓地およびその使用許可証を引き渡すとともに、墓地使用権の名義書替手続をすべきことを命ずることとする。

よつて主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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